就職氷河期経験談:就職氷河期だからこそできる生き方がある

2022-01-27

ノートPCと小物を置いたデスク

就職氷河期経験談として自分の体験は公開していますが、同世代の方の意見も聞いてみたいと思い経験談を書いて頂きました。

体験談2

この記事はWITH TEAMのオリジナル記事作成サービスに依頼して書いて頂いた記事になります。読みやすさのため画像は追加していますが、文章は修正せず掲載しています。

私が希望した就職は「非正規雇用」

私が就職したのは、就職氷河期の真っただ中でした。たまにテレビで学生の就職活動の状況があまり良くないというニュースを目にする事はありましたが、私自身の就職活動には、ほとんど影響はありませんでした。

派遣会社イメージ図

その理由は、私が希望した就職は「人材派遣」という働き方だったからです。当時は、非正規雇用と正規雇用の長期的な待遇格差などについては、ほとんどクローズアップされることはなく、学生だった私にとっては、ただ漠然と、正社員として働くのか、それとも人材派遣として働くかという違いぐらいにしか考えていませんでした。しかも、当時は人材派遣という働き方が登場したばかりのころで、学生たちの間では、なんとなくオシャレな働き方というイメージすらあったほどです。雇用主が違うだけで、有給なども取得できるしお給料の金額もほとんど変わらず、残業をすれば残業代だってきちんと支給してもらえる、という表面的な部分だけが注目されていたのです。正社員として就職できなくても、非正規雇用で働けば大手企業で働くことができ、将来は正社員としての登用も可能、とも言われていました。

私の母親はずっと専業主婦をしており、私が就職する際にも、結婚までの数年間なら別に就職先はどこでも構わないという考えでした。私自身も、結婚したらきっと専業主婦になるのだろうと、漠然と考えていました。

結婚は一人じゃできない、そこから人生を見直した

結婚して専業主婦になるかどうかは、結婚した人が考えることです。結婚していない人がいくらそうした人生プランを持っていても、それは夢でしかありません。私自身も、結婚したら仕事はやめて家庭に入るだろうという漠然な気持ちはあったものの、結婚相手が全く見つからず、探しても見つけることができませんでした。家庭に入る前にまずは相手探しだろう、と自虐ネタで自分自身を励ましたこともあったほどです。

ベッドに倒れこむ女性

30歳を超えてから初めて、私自身、これからの働き方を真剣に考えるようになりました。結婚できないのなら自身でキャリアを身につけるしかないわけです。もともと語学が大好きだったので、非正規雇用のお仕事も外資系の職場で働いていました。しかしこれまで、正社員への登用といった話になったことはなく、数年間勤めると雇用期間満了となって別の職場を紹介してもらうというパターンでした。

35歳ぐらいまでは、働きながら転職活動をしました。語学力を生かすことができ、正社員として働ける職場という条件で探したのですが、残念ながら企業が求めるハードルがとても高く、そして応募者が多くて激戦となり、採用までたどり着けることはありませんでした。仕事探しをしていた時には、実務経験があるのだからきっとすぐに見つかるのではないかと高を括っていましたが、書類面接で落とされてしまうことも多く、その度に心が折れそうな気持ちになったものです。

思いがけず無職になってしまった40代

40代に入ると、派遣切りという言葉が広く知られるようになったほか、ずっと人材派遣で働いてきたけれど正社員になることができず、挙句の果てには派遣切りにあって職を失うというドキュメンタリー番組が、テレビで多く放送されるようになりました。私自身も、それまではあまり気にしていなかった契約期間をチェックしたり、契約期間満了の際にはどんな選択肢があるのかなど、自分なりにリサーチしました。しかしその後、私自身も派遣の契約期間満了で更新はしないということを職場が判断したことで、不本意にも無職となってしまったのです。

それまで、それなりにコツコツ貯金してきたので、蓄えはそれなりにありました。しかし、2ヶ月間転職活動をしても全く手ごたえがなかったことから、意を決して借りていたアパートを引き払い、実家へ戻りました。私が憧れていた「語学を生かせるお仕事」とはほぼ無縁の地方都市で、精神的にかなりダメージを負ったことは、今でも忘れることができません。

一度自宅に戻ると、以前私が使っていた子供部屋の中で、これまでの自分の人生は何だったのだろうと考える時間が増えました。生活する場所が子供部屋でなければ、また違う気持ちになったのかもしれません。しかし、幼少期を過ごした子供部屋にUターンしたことは、私の精神面にとってはプラスではなかったと思います。

それに、仕事をしていなかったのでお金を使うことに大きな抵抗があり、必要以外は外出もしませんでした。きっと他人から見たら、引きこもりのように見えていたのかもしれません。自身では引きこもっているつもりはありませんでしたし、社会との接触を拒絶していたわけでもなかったのですが、働く意欲が薄れてしまい、将来に対して明るい希望が見えていなった時期だということは言えます。

ネットでブログを始めたことが社会復帰の始まり

1年ほど実家の子供部屋で何もしない生活をした後、暇な時間を何とかつぶそうと、私はネットでブログ作成を始めました。何ヶ月か継続するうちに、私の状況に共感してくれる人が少しずつ増えていき、毎日のブログ更新にやりがいを感じるようになりました。

ノートPCとブログ

そのうち、私がこれまでに培ってきたスキルを他の人に伝えたいと考えるようになったり、動画で分かりやすく配信してようかと考えたりするようになり、少しずつ子供部屋での作業時間が増えていきまいた。それに伴って、収入も徐々に増えていき、それなりの金額を安定して得られるようになりました。

現在では、動画配信で広告収入を得ていればYouTuberという職業だと言えます。始めたばかりの頃は、ブログや動画で生計を立てられるとは考えておらず、お小遣い稼ぎができれば十分だと思っていました。しかし、続けることで少しずつ収入がアップしていくと、もしかしたら正社員という働き方にこだわらなくても、自分はこの方法で生きていけるかもしれないという前向きな気持ちが生まれました。

就職氷河期世代だからこその生き方がある

私は今でも、毎日ブログと動画配信のために一日の大半を費やしています。しかし、以前のように、お小遣い稼ぎという感覚はなく、自身で起業したつもりで、いろいろなリサーチをしたり、データを解析しながら、より真剣に取り組んでいます。

これまでは、就職氷河期世代で就職活動をしたという経験が影響しているのでしょうか、正社員で働くことにこだわっていました。しかし現実には自身はそうした働き方ができず、現実と理想とのギャップで悩んでいたのも事実です。

そんな私が今、どの企業にも属すことなくインターネットを使って生計を立てることができているのは、考え方を切り替えられたからだと思っています。就職氷河期は世間から「就職できなくてかわいそうだった」というイメージを持たれやすい世代ですが、かわいそうと思ってもらえても実際には何の役にも立ちません。

就職氷河期の世代に生まれた私としては、就職が厳しかった世代だからこそできる働き方があると思いますし、一つの企業に依存しない体質を身につけた世代ならではの働き方を見つけられると信じています。自分に合った生き方を見つけられたら、会社の定年退職の年齢などに左右されることなく、いつまでも体と脳が働く限りは稼ぐことができるのではないでしょうか。

STARTと書かれた置物と上向きの矢印

これまでの人生、紆余曲折しながらやっと自分自身の生き方を見つけることができた私だからこそ、他の就職氷河期世代の人のこれからの生き方を応援したいと思っています。


この記事は「就職氷河期」をテーマで3,000字で依頼して書いて頂きました。口調だけは「です、ます調」で依頼しましたが、タイトル・見出しから全ておまかせで依頼しています。

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私自身は他者の目線の意見をサイトに取り入れることができ、充実させることができたと感じています。

雑記就職氷河期

Posted by ううら